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国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて

国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて (新潮文庫)

「インテリジェンス 武器なき戦争」の対談に登場した元外務省官僚の佐藤優氏による回想録です。

作品の前半は、著者がかつてロシア外交の担当者として従事した平和条約の締結、そして北方領土の返還という大きな目標に向かって政治家"鈴木宗男"とタッグを組み難しい交渉を続ける舞台裏が克明に記されています。

もちろんそれは佐藤氏の任務であるとともに国益に沿った行動であり、幾つもの困難を乗り越えて順調に進んでいくものと思われていました。

1997年のクラスノヤルスク合意では、2000年までの平和条約締結に向けて両国が全力を尽くすとの約束が取り交わされましたが、諸々の障壁により実現することは出来ませんでした。

次善策としてロシアとの関係が深いイスラエルを経由して交渉を進めていくことになりますが、2001年に小泉内閣が誕生し、田中真紀子氏が外務大臣に就任してから流れが変わり始めます。

外務省内部の改革を目論む田中氏と、長年に渡り外務省と太いパイプを使って外交に携わってきた鈴木氏との間で軋轢が生まれます。


国民の圧倒的な支持のもと、時代の流れは首相・小泉純一郎側へあり、その片腕ともいえる田中真紀子氏への支持も当然のように高いものでした。

すれ違いは少しずつ大きくなり、構造改革を掲げる小泉政権にとって鈴木宗男は"古い利権政治の象徴"として断罪されてゆくことになりますが、まるで露払いのように、まずは最も関わりの深かった佐藤氏が標的となります。

中盤から後半にかけては、2002年に著者が検察により背任容疑で逮捕・起訴され、512日にわたり拘束された日々を記していますが、検察官の取り調べの模様、そして著者自身の獄中日記が主な内容になってゆきます。

特に著者は外務省において情報分析を担当していただけあって、自らに降りかかった災難に対しても努めて冷静に分析し、かつ外交、政治力学、そして社会学的な観点から自分の置かれた立場を考察するという視点は非常に興味深いものです。

国家レベルの機密情報に長年携わった著者だけに、マスコミによって沸騰する世論、それが引き起こす政治的な圧力というものの怖さを情報のプロが教えてくれているような気がします。

もちろん単純に本書の主張に沿って佐藤氏の逮捕を冤罪であると断定することは出来ませんが、本書での著者の主張は一貫して国益に沿った外交活動において(少なくとも意識的に)不正行為を行った認識はないというものであり、かつその内容には説得力があります。

本書のタイトルが「国家の罠」であるのも頷けます。

著者が逮捕されてから10年が経過しますが、ロシアとの間で北方領土の問題は相変わらずとして横たわり、将来の見通しも不透明な状態です。

そう考えると、著者が国策捜査により逮捕されて道半ばにしてリタイヤせざるを得なかったという事実は、国家の損失であるように思えてなりません。