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佐藤優の沖縄評論

佐藤優の沖縄評論 (光文社知恵の森文庫)

著者の母親が久米島出身であり、沖縄人と日本人の複合アイデンティティを持っていると告白する佐藤優氏が沖縄をテーマにした執筆した評論です。

琉球新報に連載された記事を1冊にまとめたものですが、文庫版のまえがきは印象的な書き出しで始まっています。

東京を中心とする情報空間で伝えられる沖縄情勢と、実際に沖縄で起きている出来事の乖離がかつてなく拡大している。このままの状態が続くと、沖縄の日本からの分離が始まる。国際基準で見た場合、現在、沖縄で進行している事態は、民族問題の初期段階だ。しかし、大多数の日本人には、このことが皮膚感覚としてわからない。

本ブログでも沖縄の抱える問題を扱った本を何冊か紹介していますが、米軍基地や失業、独自の文化や家族の絆を大切にする伝統が壊れつつあるなど、もっとも深刻で大きな問題を抱えている都道府県の1つです。

過疎化によって人口が激減し、経済的な低迷、伝統が消えつつある問題を抱える地域はほかにもありますが、何と言っても沖縄の場合は安全保障という大きな政治上の焦点を抱えているという点で大きく異なっています。

著者は日本の安全保障にとって日米同盟は必要という現実的な立場をとりつつ、沖縄への不公平な負担を軽減させる方法を模索し提言しています。

話題は沖縄の歴史や伝統、そして思想にまで及ぶものの、著者がもっとも力を入れているのは政治力学という視点からの評論です。

これは「沖縄の地方自治体 VS 東京の政府・中央官庁」という図式であり、民主主義がより多数の民意によって運営される国家であれば、日本の全人口のわずか1%を占めるに過ぎない沖縄の声は届きにくいという現実があります。

そこで役立つのが外務省官僚としてインテリジェンス活動に携わった著者の経験や知識であり、沖縄に影響すると思われる時事的な出来事をタイムリーに分析しています。

本書が連載された2008~2010年の間に民主党政権が誕生し、沖縄の普天間基地を県内移転するか県外移設かという点が政治的焦点になっていました。

著者は当然のように後者の意見でしたが、周知のように辺野古への県内移転が着々と進められている2017年の現実から見ると、残念ながら沖縄県民の声が踏みにじられたと言わざるを得ません。

つまりアメリカとの同盟によって安全保障を推進するという政府の方針はより強固になってゆき、それはマイノリティである沖縄の犠牲の上に成り立っているという構図がより鮮明になっているのです。

原発を押し付けられ犠牲となった福島の例とまったく同じ状態であり、政治の構造的な差別によって虐げられた人々の声を政治家のみならず、1人1人の国民が耳を傾けてこそ、本当の近代的民主国家といえるのではないでしょうか。

冒頭の言葉に重ねると沖縄県民の民族問題がより深刻な状態へ推移しつつあるということになり、憂慮せずにはいられません。