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アンダースロー論

アンダースロー論 (光文社新書)

著者の渡辺俊介氏は、2001年から2013年まで千葉ロッテマリーンズに所属していたアンダースロー投手です。

ピッチャーといえば日本ハムファイターズの大谷投手のように、160キロを越えるような豪速球が話題になりがちですが、渡辺投手が現役時代に投げていた球速は最速でも130キロそこそこであり、緩急をつけることで時には95キロという小学生ピッチャー並みのボールを投げることもあります。

それでも日本プロ野球ではエースと呼ぶに相応しい15勝を挙げた年もあり、通算87勝を記録しています。

渡辺氏はスピード、パワー、つまり身体能力は平凡であり、練習熱心ではあったものの中学、高校、大学においても常に2番手ピッチャーという評価でした。

そんな著者がアンダースローに転向したきっかけは、中学生の頃に野球コーチでもあった父親のひと言です。

「もし高校、大学と野球を続けたいのならば、このままやっていても厳しいから、アンダースローにしてみないか」

息子の能力の限界を冷静に判断した父親の助言ですが、この言葉が大学や社会人はおろかプロ野球選手として活躍するきっかけとなるのは誰も予想していませんでした。

本書は著者がもっとも投手として充実していた2005年に刊行されており、ボールの握り方や投球フォームなどに対して新書としてはかなり専門的に言及しています。

また技術のみならず日常におけるコンディショニングやマウンドで意識していることなど、第一線の現役選手がここまで明らかにする例は多くありません。

そこにはアンダースロー投手が「絶滅危惧種」と言われるくらい希少な存在である現状の中で、著者がプロ野球の世界でもっと多くのアンダースロー投手に活躍して欲しいという願いが込められています。

ちなみに去年(2015年)のシーズンで活躍したアンダースロー投手は、西武の牧田投手とヤクルトの山中投手の2人しかおらず、その希少価値は今でも変わりません。

私自身が西武ライオンズファンということもあり牧田選手の投球を間近で見たことがありますが、両腕を翼のように広げ、ヒザに土が付くほど折り曲げ、地面すれすれに伸びてゆく手からボールが放たれる投球フォームは、なんとも言えない美しさがあります。

またオーソドックスなオーバスロー投手ではあり得ない下から上に浮き上がる軌道やボールの出どころが見づらい独自のフォームで強打者を抑えるシーンは、球速ではなく技術で相手を打ち取る"職人"のようなカッコ良さを感じます。

このアンダースロー投手はMLBでは更に希少価値が上がり、メジャーリーガーに耐性がほとんど無いことからWBCといった世界大会でも重宝され、著者の渡辺投手、牧田投手はともに日本代表としても活躍した経験を持ちます。

スピードとパワーを兼ね備えた投手が豪傑タイプであるならば、技術と知恵で厳しいプロ野球の世界を生き延びるアンダースロー投手は智将タイプであり、そこには野球選手のみならず、社会を生き抜くヒントが隠されているように思えるのは私だけでしょうか。