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ルポ 労働と戦争―この国のいまと未来

ルポ 労働と戦争―この国のいまと未来 (岩波新書)

労働と戦争」という重々しいタイトルですが、"労働"という視点から憲法第九条の存在意義を問うノンフィクションです。

(少なくとも名目上は)軍隊を持たない日本人の大部分が、現実に起っている戦争、つまり人を殺戮することを目的とした仕事に従事しているという認識を持っていないはずです。

一方で兵器がどんどんハイテク化してゆく中で、技術や部品が複雑化してゆき、普通の電子機器に使われる半導体すらも兵器に転用されている時代になっています。

これをどこまでも突き詰めればキリがありませんが、著者の島本慈子氏が本書で取り上げる例はもう少し具体的な例です。

すなわち在日米軍基地を職場とする日本人、自衛隊に部品を納入しているメーカーで働く派遣社員などへのインタービューを通じて、軍事産業へ従事する労働者の意識、そして彼らの労働現場を明らかにしてゆきます。

実際に在日米軍基地からイラクやアフガニスタンへ出撃した海兵隊は、大きな戦果を上げると同時に、誤爆によって罪のない民間人をも巻き込んでいます。

また後方支援、復興支援とはいえ自衛隊にも海外派遣の実績があり、安保関連法案の可決によりその活動範囲がさらに広がるのは間違いありません。

それでも憲法第九条の存在、つまり軍隊を持たず「専守防衛」のためのみに武力を行使するという意識は、軍需産業に関わる日本人にとって大きな支えとなっており、日本の平和を守る仕事に従事しているという意識が支えになっていることが伺われます。

一方で著者は「九条が消える日」という章の中で、「日本が侵略のための軍事力を名実ともに認めた時に労働現場で何が起こるのか?」という仮説を各分野の専門家とのインタビューを通じて導き出しています。

たとえば人口比率で考えると、アメリカでは日本の30倍もの労働者が軍需関連で働いていますが、日本の優れた科学技術は軍事にも転用が容易なこともあり、兵器の国内生産が増加することで、この差が確実に縮まることを指摘しています。

すでに協力要請によって自衛隊員の輸送を行った前例があるそうですが、日本の民間航空機が強制的に軍事輸送に使用されることが予想され、これにより民間機が敵国の標的とされる危険性が挙げられています。

さらに最も身近な例として、空爆やミサイルの弾道計算に必要な気象情報が軍事機密に属する情報であることは世界的な常識であり、戦況によっては敵国への情報漏えいを防ぐため天気予報が国民に公開されなくなる危険性さえ指摘しています。

これは単なる仮定ではなく、実際に太平洋戦争当時には同じような情報統制が敷かれ、防災情報よりも軍事機密が優先された結果として、台風によって多くの犠牲者を出した過去があります。

つまり日本が軍隊を持つことによって軍事上の理由から、民間企業の活動に多くの規制がかかることは容易に想像できます。

またアメリカでは退役軍人への保証金や障害手当金によって膨大な国家予算が費やされており、すでに多くの借金を抱える日本ににとっても財政を圧迫するのは必定であり、増税のみならず、年金や医療、教育といった分野へしわ寄せが来ることも確実でしょう。

インターネット1つとってみても政府が監視・盗聴するデータの範囲が拡大する可能性は高く、言論の自由の重要な手段となりつつあるインターネットの世界も大きく変化するはずです。

とくに日本人の勤勉さは、時に規制を徹底させる点においても発揮されることがしばしばであり、是非ともそういう世の中にはなってほしくないものです。

最後に印象に残った部分として、1機あたり100億円もの戦闘機を次々と配備する自衛隊にある種の疑問を感じているという自衛官のインタビューを一部抜粋します。

「だからこの軍拡、軍備の競争というものは、どこで終わりになるのか、それが見えないという気持ちがありますね。世界中みんなが『もうやめた』といったら、それが一番いいんでしょうが、なかなかそうはならないし。現実に妙なことをする国もありますしね」
~ 中略 ~
「一番いいたいことは、みんなにもっと関心を持ってほしいということだ」
「この国をどうすると、それを決めるのは国民でしょう。もちろん、自衛隊をもっと強くするという道もある。それはやめて、福祉とか教育とか他のことに予算を回してほしいという人もいるかもしれない。だから自衛隊のことをもっと知ってほしいんです。」
~ 以下略 ~