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黄金の日日

黄金の日日 (新潮文庫)

本書を原作としたNHK大河ドラマが40年近く前に放映されたこともあり、城山三郎氏の代表作といえる歴史小説です。

商社マンや起業家を主人公にした経済小説の先駆者である城山氏ですが、本書の主人公は安土桃山時代に実在した商人・呂宋助左衛門(るそん すけざえもん)であり、戦国時代を舞台にした経済小説という見方もできます。

室町幕府が衰退し、群雄割拠の時代に突入してゆく中で、古い価値観が新しい価値観によって次々と塗り替えられてゆく現象が起こります。

その"新しい価値観"を代表するのが織田信長といった武将であり、外国から伝播したキリスト教や鉄砲であり、またそれらを製造・流通させた商人であったのです。

言うまでもなく信長や秀吉は戦国武将として有名ですが、彼らに覇権をもたらした軍事力はイコール経済力であり、その経済力を支えたのが堺を中心とした商人たちの力であったのは多くの歴史研究家たちによって言及されています。

一方で彼ら商人にスポットを当てた歴史小説は戦国武将のそれと比べて少ないのも事実です。

天王寺屋宗及(津田宗及)今井宗久といった豪商らが大名を膨大な金銀や鉄砲、弾薬を流通、製造することにより戦争の行方を左右するほどの影響力を持ち、千利休山上宗二といった商人出身の茶人たちが思想や哲学面で大きな影響を与え、時には政治顧問としても活躍する一方、小西隆佐・行長親子のように商人として、また武将として活躍する者さえ登場しました。

助左衛門もそうした堺の商人の1人であり、本作品では今井宗久の手代として登場します。

作品全体を通して感じるのは、堺の会合衆を中心とした商人の視点から激動の時代を描くことによって、新しい時代の到来を感じさせる自由な雰囲気です。

利にさとい商人は、当然のように武士や農民たちより新しいものや珍しいものに敏感であり、彼らに勝るとも劣らない感性を持った天才的な武将・織田信長が登場して時代の寵児となってゆきます。

彼らはそんな信長に賭けることによって大きな利益を得て、時代の最先端を切り開いてゆきます。

当時は他にも武田信玄上杉謙信毛利元就といった優れた武将がいましたが、彼らの持つ価値観は従来の(中世から続く)武士のそれであり、仮に彼らが天下を統一しても商人たちが重宝されることはなかったでしょう。

助右衛門は冒険心旺盛な商人であり、信長や秀吉からの仕官の誘いを断り、大海原へ漕ぎ出し海外交易によって巨万の富を築く野望を持っていました。

一度は船が大破し漂流するという経験をしますが、それでも助右衛門は夢を諦めきれず、多くの出資者たちの援助もあり、当時の貿易中継基地として有名だったルソン(フィリピン)との交易を成功させます。

やがて助右衛門は自らの名前も、"納屋"から"呂宋"に改めることになります。

しかし信長が本能寺の変で倒れ、秀吉による天下統一によって秩序が確立するとともに自由な雰囲気が失われてゆきます。

今井宗久たちは引退し、千利休や山上宗二といった茶人たちは秀吉によって処刑され、やがてキリスト教が禁止されることによって自由を求める助左衛門たちの居場所が狭まってゆきます。

作品中では助左衛門の身近に、石川五右衛門善住坊といった権力に縛られない無頼漢たちが仲間として登場します。
またキリスト教の敬虔な信者として高山右近、助左衛門が想い寄せる美緒がヒロイン役として登場しますが、いずれも助左衛門とともに時代に翻弄されてゆくのです。

最終的に故郷である日本を捨て、ルソンへ渡って永住を決心する助左衛門ですが、そこに至るまでの波乱の物語は読者の心を捉えて離しません。

スケールの壮大さ、ロマンス、そしてストーリー構成どれをとっても傑作と呼べる作品であり、歴史小説ファンにとって必読の書です。