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ローマ人の物語〈42〉ローマ世界の終焉〈中〉

ローマ人の物語〈42〉ローマ世界の終焉〈中〉 (新潮文庫)

紀元410年8月24日、実に800年ぶりにローマは敵の手によって落ちることになります。

歴史上「ローマ劫掠(ごうりゃく)」と呼ばれるこの事件は、アラリックに率いられた西ゴート族の侵略によって引き起こされました。

アラリックと戦えば必ず勝利してきたスティリコ将軍はローマ皇帝自らが側近に惑わされ処刑していたのですから、ある意味では自業自得といえます。

当然のように蛮族たちの手によってローマからは財宝や人質が持ちだされました。

しかしこの事件でさえも、これからローマ帝国を襲う数々の悲劇の前触れでしかなかったのです。

テオドシウス帝が後継者となる2人の息子が共同統治するために分けた西ローマ帝国と東ローマ帝国でしたが、相次ぐ蛮族の侵入、ササン朝ペルシア、そして国内の内乱によりお互いが助け合う余裕など微塵もなく、この東西に分かれた帝国は完全に分裂してゆきます。

とくに古代ローマ人発祥の地であり、長らく「世界の首都(カプト・ムンディ)」であったローマを擁する西ローマ帝国の惨状は酷いものでした。

ジブラルタル海峡を渡って侵入してきたヴァンダル族によって北アフリカをなす術なく手放し、東ローマ帝国でさえもフン族による侵略の前に無条件降伏のような講和を結ぶしかない有様でした。

アエティウスのようなつかの間の平和をもたらす将軍も登場しますが、もはや安全保障のための最低限の軍事力さえなく、蛮族から侵入され、恫喝される度に金品によって和平を結ぶということを繰り返すのです。

しかも領土と共に著しく縮小した財政も"火の車"であるため、住民たちは重税によって苦しむという悪循環に陥っていました。

組織が慢性的に疲弊したローマ帝国に優秀な指導者が現れることなく、逆に蛮族側にその指導者が現れるに及んで、もはや手の施しようがない時代が到来します。

アッティラ
率いるフン族、ゲンセリック率いるヴァンダル族のイタリア侵略によってイタリア半島の蹂躙を許し、とうとう運命の紀元476年、出身部族さえも定かでない蛮族の混成軍を率いてローマへ入城したオドアケルによって西ローマ帝国は滅亡を迎えるのです。

その呆気ない帝国の最後を著者は次のように表現しています。

ローマ帝国は、こうして滅亡した。蛮族でも攻めて来て激しい攻防戦でもくり広げた末の、壮絶な死ではない。炎上もなければ阿鼻叫喚もなく、ゆえに誰一人、それに気づいた人もいないうちに消え失せたのである。少年皇帝が退位した後にオドアケルが代わって帝位に就いたのでもなく、またオドアケルが他の誰かを帝位に就かせたのでもなかった。ただ単に、誰一人皇帝にならなかった、だけであったのだ。半世紀前の紀元四一〇年の「ローマ劫掠」当時には帝国中であがった悲嘆の声も、四七六年にはまったくあがらなかった。

つまり軍勢を率いたオドアケルに対しローマには抵抗する戦力も気力も無く、無条件に城門を開いたのです。

都市国家として生まれてから1200年以上にも渡って存在してきた国家が、たとえば大阪夏の陣のような見せ場が一切ないまま終わりを迎えるのですから、ここまで長い間ローマ興亡史を見てきた読者も呆気にとられます。

ただ数々の戦いに勝利して広大な版図を築き、何よりも多くの民族と共生してきたローマが1度や2度の戦いに敗れて滅亡するにはあまりにも巨大であり過ぎ、それ故にローマ帝国の最後としては相応しいのかも知れません。