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危機の宰相

危機の宰相 (文春文庫)

以前に岸信介の伝記をブログで紹介しましたが、今回は岸のあとを継いで総理大臣となった池田勇人を中心とした男たちの生涯を描いた1冊です。

著者はノンフィクション作家として有名な沢木耕太郎氏です。

岸信介がエリート中のエリート官僚として政治家へ転身し後に総理大臣となったのとは対照的に、池田勇人は出世コースから外れた"赤切符組"として大蔵省に入り、その後難病によって5年間もの間を闘病生活を送り、大蔵省を退職せざるを得ない状況に追い込まれてます。

しかし難病が完治してから運良く大蔵省へ復職することになりますが、その後は選挙に立候補して政界へ進出することになります。

岸信介が55年体制確立の立役者となり、安保改定という新しい安全保障の枠組みを構築しようとしたことは知られています。

つまり政治や政策、外交の安定化を進めることによって、戦後の日本復興に大きな影響を与えた政治家であったのです。

ここでも岸とは対照的に、池田は日本が敗戦から立ち直った後の発展期のバトンを受け取ることになります。

そこで池田内閣が掲げたもっとも有名なスローガンが「所得倍増」です。

この誰にでも分かり易いスローガンは多くの国民に支持され、政策も大成功を収めることになります。

しかし元大蔵省の官僚とはいえ、総理大臣という様々な課題を扱う立場にあって経済政策のみに注力することは出来ません。

本書では池田勇人、池田の(右腕を超えて)両腕とさえ評された田村敏雄、孤高の経済学者として「所得倍増計画」の立案を担った下村治の3人の人間ドラマに触れられています。

この3人のうち誰か1人が欠けても「所得倍増計画」が誕生するこはなく、結果として劇的な経済成長も無かったかも知れません。

3人はいずれも人生の中で過去に大きな挫折を味わっており、この敗者同士がスクラムを組んで志を実現した物語でもあるのです。

さらに立身出世だけでなく、彼ら3人の"人生の黄昏"までもを追求してゆくところが沢木耕太郎氏らしい切り口です。

3人の関係は決して"主従"ではなく、いずれも自立して夢を実現しようとした男たちであり、そのため軋轢さえも生じることがありました。

そこからは高杉晋作の「艱難をともにすべく、富貴をともにすべからず」という言葉を思い出させます。

日本が飛躍的な成長を遂げる時代に総理大臣を務めた池田勇人の名は後世に残ると思うのと同時に、私自身が生きている間にもう2度と「所得倍増」というスローガンを掲げた総理大臣が現れることはないだろうという寂しさも感じるのです。