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古風堂々数学者

古風堂々数学者 (新潮文庫)

本ブログでは過去にも「祖国とは国語」、「数学者の休憩時間」、「父の威厳 数学者の意地」といった藤原正彦氏のエッセーを紹介していますが、本書が4冊目になります。

著者は戦後に育った世代ですが、日本の伝統や精神を重んじる骨太な主張を持っていることで知られています。

一方で理論による証明だけが唯一の価値を持つ数学者としての職業にあり、また時には軽妙なユーモアで読者を楽しませる振り幅の広いスタイルは、多くの読者の支持を得ています。

たとえば著者は、父(新田次郎氏)の口癖であった「弱者を守る時だけは、暴力も許される」といった家訓をそのまま自分の子どもにも受け継がせています。

凶悪な事件が起こるたびに「暴力は悪である」、「みんな仲良く」といった文句がTVに登場し、きっと教育現場でも同じようなものだと想像できます。

しかし戦争やテロの原因は常に大人にあり、暴力満載のマンガや映画を作るのも大人たちであり、周りを見ればまったく現実的でないことが分かります。

私個人にしても社会の中で誰とでも仲良くやっていける訳ではありません。

それよりも武士道精神としての卑怯を憎む心、もっと分かり易くいえば「自分よりも弱い人間へ暴力をふるうのは恥ずかしいこと」、「多数で少数を攻撃すのは恥ずかしいこと」といった価値観を幼い頃から養うべきという著者の教育方針は、私にとっても現実的で腑に落ちやすい主張です。

またこうした価値観は、自国の伝統や歴史、そして東西の名著といった本を通して養うことが重要であり、そのためには英語よりも徹底的に国語(日本語)を重要視した教育カリキュラムに改めるべきだと主張しており、それは「祖国とは国語」にも詳しく書かれています。

つまり美辞麗句を並べたような標語を信じて疑わない人間ではなく、自分の頭で考えられる人間でなければ"真の国際人"として日本が世界から認められることもありません。

そんな著者は、大学のゼミで学生と次のようなやり取りをする少し意地悪な一面があります。

「暴力は絶対に許されない」という学生には、「それではすべての革命は許されないのですね」と問う。

「一人の命は地球より重い」と唱える学生には「自分以外の人々を救うために一命を投げ出すことは気高い行為ではないのですか」と問う。

「個人の自由だけは譲れない」と息巻く学生には「各人が自由を貫くと、家族は崩壊します。するとあなたへ仕送りもなくなり、自分で学資を作らねばならず、多くの自由をあなたは失いますがいいのですね」と問う。

どこか半分楽しみながら学生とこうしたやり取りをしている著者の姿を思い浮かべると微笑ましくもあり、この学生たちが少し羨ましいと感じてしまいます。