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岸信介―権勢の政治家

岸信介―権勢の政治家 (岩波新書 新赤版 (368))

戦前の満州や朝鮮半島をはじめとした植民地政策帝国主義、戦中の国家統制翼賛体制、戦後間もない混乱と東京裁判55年体制による戦後政治の安定化と安保改定。。

そんな政権や政治家たちが目まぐるしく代わる昭和史が苦手な人は多いのではないでしょうか。

その昭和史を理解する上で象徴的な政治家が"岸信介"です。

岸は戦前・戦中から権力の中枢で活躍し、戦後はA級戦犯の容疑者として巣鴨プリズンに3年もの間収容され、その後総理大臣にまで上り詰めた経歴を持つ政治家です。

その波乱に富んだ政治家人生とフィクサーとしての実力から「昭和の妖怪」というあだ名でも知られています。

本書は日本を代表する政治学者である原彬久氏によって書かれた岸信介の伝記です。

岸は明治29年(1896年)に山口県で生まれ、彼は親族からの厳しい躾と教育方針により育てられることになります。

それはまるで吉田松陰が幼少期に叔父の玉木文之進によって厳しく教育された風景と重なります。

元々岸に備わっていた才能と努力の成果もあり、東京帝国大学(現・東京大学)に入学し、そこでも一二を争う優秀な成績を収めて商工省の官僚になるところからキャリアがスタートします。

ここまでの秀才となると勝手にガリ勉タイプの世間知らずなイメージを持ってしまいますが、岸は官僚として優秀な成果を上げ、軍人や政治家たちとの太いパイプを築き、そして財界人などを通じて莫大な活動資金をも手に入れて本格的な政治家へと転身してゆきます。

つまり理論に優れているだけでなく、実行力を伴った稀有な"秀才"であったのです。

さらに特筆すべき点として時の権力者に追従するだけでなく、時には反骨精神をも発揮する"胆力"をも備えていました。

戦中には東条英機に、そしてA級戦犯として処刑の恐怖を経て釈放された戦後には吉田茂に対して反旗を翻すといった行動に出ています。

表からの正攻法、時には闇討ちという形で時代の中で政治闘争で勝利してきた姿は、まさに「昭和の妖怪」に相応しい執念と力を持った政治家です。


満州の植民地経営、戦中の資源統制、そして戦後は55年体制の確立、安保改正など政治家として多くの実績を残してきた一方で、政界の黒幕といわれた児玉誉士夫との強い結びつき、CIAからの資金提供など、秀才らしい用心深さで尻尾を出すことはありませんでしたが、常に黒い噂がつきまとっていました。

そんな岸信介を著者の鎌田氏は次のように評しています。

戦後政治において、岸信介という人物ほど毀誉褒貶の渦に巻き込まれた政治家はいない。いま少しありていにいえば、岸信介ほど悪徳と保守反動の烙印を押された政治家はいないし、岸信介ほどカミソリの如き頭脳と剛毅の辣腕家としてその大物ぶりを評価された人物もいない。

良くも悪くも日本の政治史を知る上で欠かせない人物であることは確かなのです。