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影法師

影法師 (講談社文庫)

永遠の0」、「BOX!」によって一躍国民的作家となった百田尚樹氏の長編小説です。

舞台は江戸時代の8万石の茅島(かやしま)藩

そこで筆頭国家老を務める名倉彰三は、下士の身分から異例の抜擢を受け、干拓事業と藩財政の立て直しの功により、揺るぎない地位を築きました。

初老に差し掛かった彰三には、少年の頃よりの竹馬の友として、また尊敬する憧れの存在として磯貝彦四郎という人物がいつも心の片隅を占め続けていたのです。

その彦四郎は20年以上も前に不始末により藩を逐電し、つい最近になって困窮の中で労咳のために亡くなったという噂を聞きます。

そこから今まで彰三が知ることのなかった彦四郎の過去が明らかになってくるのです。。

ちなみに"茅島藩"というのは、物語の内容から日本海に面した近畿地方から北陸地方のいずかに存在する架空の藩という設定です。


本書には「永遠の0」との共通点があります。

それを一言で表すと"自己犠牲"であるといえます。

零戦に特攻隊として乗り込んだパイロットたちは、国家や家族のために自らの命を捧げました。

また誤解を恐れずに言えば、武士たちもまた国(藩)や名誉のためには、自らの命を断つことを躊躇しませんでした。

自身の成功や幸福を追求する啓蒙書が溢れる現代において、他人に自身の夢を託し、そのために自らの人生を犠牲にする生き方は考えられません。

百田氏は打算的で効率よく生きることが"賢い人生"とされる風潮に疑問を投げかけ、かつての日本人が持っていた価値観を再認識し、自らを犠牲にする生き方が多くの人びとを感動させるという事実を作品を通じて証明したかったのではないでしょうか。

タイトルの「影法師」は、それを象徴的に表しているといえます。

大きな伏線で構成されている物語のため詳しい内容は書きませんが、大胆なストーリー構成、そして初の時代小説という試みには、小説作家として円熟しつつある百田氏の勢いが伝わってきます。

個人的には少しストーリーを綺麗にまとめ過ぎている印象を持ちましたが、これは読者の好みの問題かも知れません。

今もっとも多くの読者に受け入れられている作家であり、「永遠の0」に共感した読者であれば是非本書も抑えておきたいところです。