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生命なき街

生命なき街 (1977年) (新潮文庫)


たまたま古本屋で見つけた1977年発刊の城山三郎氏の短篇集。

城山氏といえば渋沢栄一を主人公とした歴史小説「雄気堂々」が有名ですが、もともと大学で経済学の講師をやっていたこともあり、戦後の企業や経済を題材とした作品を数多く手掛けて「経済小説」というジャンルを確立した作家です。

城山氏の系統を継ぐ作家(経済小説派?)の中では、個人的に山崎豊子氏、高杉良氏の作品を読む機会が多いように思えます。

本書は6つの短編からなり、いずれも日本経済の高度成長期(昭和35年頃)の真っ只中で組織に切り捨てられた男たちの悲劇をテーマにして書かれています。

つまり日本の経済成長の担い手となりながらも、報われずに敗れ去った企業戦士たちの物語であり、全編にわたってどこか重苦しい雰囲気が漂っています。

その中でも本書のタイトルでもある「生命なき街」、そして「白い闇」については、日本から中東にある架空の町"ワジバ"へ進出した企業の社員が主人公になっています。

日中の気温は50度を超え、その中を吹き荒れる砂嵐という過酷な自然環境に加えて、排他的で治安の悪い地域に乗り込んだ日本の企業戦士たちは、非協力的で反抗的な現地の工員、ライバル商社の卑劣な策、そして彼らを陥れようと暗躍する現地の貿易商人たちといった様々な障壁へ不屈の精神で立ち向かいますが、無情な結末が彼らを待ち構えています。。


たとえ高度経済成長期であっても、こうした幾つもの障壁を乗り越えて成功した日本企業もあれば、この小説の主人公たちのように無残に敗れ去り、中には遠い異国の地で命を落とした例もあることでしょう。

著者はそうした未来永劫語られることの無い、忘れられた戦士たちの物語を本書で描きたかったに違いなく、個人的にも非常に好きな小説のアプローチ方法です。


身も蓋もない言い方をすると、松下幸之助本田宗一郎に代表される経営者の立志伝も面白いのですが、この類の本を続けて読むと食傷気味になってしまいます。また成功例のみにスポットを当てたビジネス書の氾濫に少々うんざりしている人もいるのではないでしょうか。

今や技術、交通手段の発達、そしてインターネットの普及により世界はよりフラットに近づいています。

そのため日本企業の海外進出は昔と比べて格段に敷居が低くなっていますが、数多くの先人たちが経験した困難の歴史がその礎になっていることを忘れてはいけませんし、この作品を今読む価値もそこにあると思います。