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伊豆の踊子・温泉宿 他四篇

伊豆の踊子・温泉宿 他四篇 (岩波文庫)

1ヶ月ほど前に志賀直哉の小説を何冊か読み、ふと今回は川端康成の小説を手にとってみました。

前者は"小説の神様"と言われ、後者は"ノーベル文学賞"の大家ですが、肩書よりも大正から昭和にかけて活躍した作家たちの作品に共通する"雰囲気"をじっくりと味わってみたいという気分からです。

岩波文庫から発行されているだけあって川端康成20代の頃の作品が体系的に掲載されており、あとがきには著者自身の解説があります。

本書に掲載されているのは次の6作品です。
  • 十六歳の日記
  • 招魂祭一景
  • 伊豆の踊り子
  • 青い海黒い海
  • 春景色
  • 温泉宿

伊豆の踊り子」については随分久しぶりに読み返しましたが、20歳の学生が踊り子に寄せる恋心と伊豆の風景の鮮やかな描写が印象的であり、以前読んだ時よりも随分とさやかな読了感が残りました。

川端康成に限らず、同じ作品でも読むタイミングによって違った印象を持つのが読書の面白いところです。

十六歳の日記」は著者が祖父と2人暮らししていた16歳の頃の日記が元になっており、祖父が亡くなる寸前の細かい出来事が記録されています。

老齢や病気による衰え、そして迫りつつある肉親の死を目の当たりにした川端少年は、それを記録として残さずにはいられない気持になったようです。

しかし成人した後の川端氏が日記を発見し読み返した時、そこに書かれた日々を少しも記憶していなかったというのはどこか不思議でもあり、多感な少年期は得てしてそんなものかも知れないと妙に納得できます。


招魂祭一景」、「青い海黒い海」、「春景色」については詩的、情緒の世界で彩られた抽象的な作品であり、新感覚派ならでわの世界感が広がっています。


川端康成はプロレタリア文学へも大きな影響を与えましたが、「温泉宿」はそうした視点から見ると分かり易い作品であり、曖昧宿で働く女たちの題材にした作品です。

"曖昧宿"とは茶屋などを装って娼婦を置いた宿であり、そこで働く女性は社会の底辺でもがき続ける人間に他ならず、彼女たちのたくましさと逃れようのない悲哀が隣り合わせで描かれています。

20代の作品を集めた短篇集にも関わらず、どの作品も多彩な作風で読者を楽しませてくれる1冊です。