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どくとるマンボウ昆虫記

どくとるマンボウ昆虫記 (新潮文庫)

作家・北杜夫は、精神科医という顔を持っていましたが、昆虫マニアであることも広く知られています。

彼の作品の殆どに昆虫の挿話があることからも分かる通り、昆虫へ対する愛情、そして知識の深さは驚くべきものがあります。

本書では、彼が採集に夢中になったコガネムシなどの甲虫、そして蝶類にはじまり、ダニノミ南京虫ゴキブリに至るまで幅広く言及されています。

少年の頃の昆虫採集の思い出、昆虫マニア同士の交流、昆虫採集に夢中になっていた頃の戦争時の回想を交えて昆虫たちを紹介してゆき、たとえ昆虫に興味が無い人であっても読者を飽きさせない北氏ならではの昆虫記に仕上がっています。

わかり易い例でいえば、こんな感じです。

幼いころからその名だけは知っていた。しかし、ウスバカゲロウが薄羽蜉蝣であるとはつゆ知らなかった。てっきり薄馬鹿下郎と思いこんでいた。そいつはのろのろと飛びめぐり、障子にぶつかってばかりいたからだ。今となっても、薄馬鹿下郎のほうがどうしても私にはぴったりする。

といった具合で、羽陽曲折を経てやがてその幼虫である蟻地獄の話題に移ってゆきます。

だからといって著者が昆虫を下等な生き物であるとは露ほども思っていません。

むしろ人間が戦争(著者の経験では太平洋戦争)を引き起こして食糧難に陥っている中、昆虫たちはいつもと変わらぬ生活を送っているのであり、著者にとって人間の賢さなど甚だ心許ないものだったに違いありません。

北氏のもっとも好きな昆虫というジャンルが題材になっているだけあって、本書の完成度は折り紙付きです。

虫好きな人も虫嫌いな人も、ぜひ1度は手にとって欲しい本です。