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津軽

津軽 (新潮文庫)

太宰治氏の代表的な随筆です。

出版社に故郷である青森を題材にした作品の執筆を依頼され、20年ぶりに故郷の青森(正確には津軽半島)へ取材旅行へ出かけることになります。

はじめこそ自らを松尾芭蕉になぞらえて、禁酒や粗食を自らに課すなど今回の取材旅行へ対する意気込みを感じますが、あっという間に旧知の人々と酒を飲み交わすために旅へ出たかのような"体たらく"になってしまいます。

何となく旅程も行き当たりばったりですが、太宰の個性と軽妙な筆運びがまるで「ぶらり途中下車の旅」のような雰囲気を醸し出します。

津軽へ対する感想の中に故郷自慢のような内容は殆どなく、所詮は学校の日本史授業にも殆ど登場しない本州最北端の田舎という自虐的な見方が大半を占めています。


ただし不思議なことに読み進めるうちに、それは津軽という土地や人々へ対する哀れみ、共感、愛情といったものが根本にあることが感じられ、いつしか"太宰治"ではなく、本名の"津島修治"としての姿が垣間見れます。


その最たる例が、本作品の締めくくりに今回の旅の最大の目的であった幼い頃の子守役"たけ"と再会する場面であり、太宰らしく意図的に大げさな表現を避けて書かれているようにも感じられ、それが平凡ながらも静かな感動と余韻を読者へ与えてくれます。

歴史、風俗的な通説を交えながらも、太宰独自の主観が前面に押し出されており、決して文献を読んだだけでは分からない、肌で感じた昭和19年当時の"津軽"の風景を読者へ伝えてくれます。

1つだけ残念なことがあるとすれば、この取材旅行当時は大東亜戦争真っ最中であり、日本全土が本来の日常では在り得なかったことです。

太宰治の作品というと、文学というイメージを持たれるのが普通だと思いますが、太宰が無頼派の小説家と言われるように、洒落や滑稽さを交えて人々の暮らしの目線に立って描かれた本作品は、決して敷居の高いものではありません。

むしろこれだけ面白く読ませてくれるエッセイ風旅行記を見かけるのは、現在でも稀ではないでしょうか。