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アーロン収容所―西欧ヒューマニズムの限界

アーロン収容所 (中公文庫)

太平洋戦争に新兵として徴兵され、ビルマ(現ミャンマー)において終戦を迎えてイギリス軍の捕虜となり、収容所で過ごした2年半余りの体験を、ユーモア溢れる人間観察の視点で描いた作品です。

今から50年前に発表されたということもあり、著者の当時の記憶、印象が鮮明な時期に書かれていることが特徴です。


収容所にはイギリス人、ビルマ人、インド人、グルカ(ネパール)人といった多国籍な人種が集まっていますが、何と言っても頂点に君臨するのは、戦勝国であるイギリス兵です。

イギリスといえば「紳士の国」としてのイメージがあり、当時の著者も同じ印象をイギリス人へ対して持っていました。

しかし実際のイギリス兵は、敗戦国である日本をはじめ、有色人種を人間として見なしていませんでした。

著者が経験した家畜を扱うかのようなイギリス兵の態度は、紳士のイメージから程遠いものであり、掃除係の日本人捕虜の目の前では、女性でさえも全裸でもまったく気にしない(=ペットの前で裸になるのと同じ感覚だった)という徹底低なものです。

一方でインド兵は、イギリスの同盟国でありながらも英兵の目線を常に気にする臆病で卑屈な連中に映りました。

しかしインドは1世紀以上にわたって実質的にイギリスに支配されていた国であり、とっくに"支配される側"としてイギリスへ対する反抗心を失ってしまっている姿でもありました。

著者を含めて敗戦間もない日本兵たちの心には自尊心が残っており、インド兵の姿は情けなく思えたのでしょう。


捕虜となり日々の強制労働を半年以上続ける中で日本兵を一切人間と見なさない冷徹さと、家畜を使役するかのような合理的な管理の中で、日本人捕虜たちの反抗心は次第に衰え、やがてイギリス兵を畏怖するように至ります。

作品の各所にもイギリス人を(時には感情的に)批判する箇所が見られ、捕虜として収容所で強制労働を課せられた著者の日々が、それだけ厳しいものであったことを伺えます。


それでも全体的には、著者自らがこの戦争で生死を彷徨い、多くの悲惨な最期を遂げた戦友を目の当たりにしてきたにも関わらず、常にユーモアを忘れない語り口で本作品を描いています。


同じ体験を書くにしても著者の性格が違えば、陰湿で悲惨な体験記で終始しても全く不思議ではない内容です。

日本人捕虜たちが(職人芸ともいえる技術力?)でイギリス軍の倉庫から物品を失敬(泥棒)し、ともすれば絶望感に苛まされる捕虜生活を少しでもマシなものにしようと娯楽のために演劇団まで作り上げて努力する姿は、読者に共感を与えられずにはいられません。

捕虜として強制労働を強いられる極めて特殊な状況下において、各民族のアイデンティティーを冷静に観察し続ける本作品は非常にユニークであり、戦争の悲惨さと、何より馬鹿らしらを後世に伝えてくれるお奨めの1冊です。