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時が滲む朝

時が滲む朝 (文春文庫)

楊逸(やんい)氏が、日本語以外の言語を母語とする作家として初めて芥川賞を受賞した作品ということで読んでみました。


作品の舞台は、中国の学生運動が盛んにだった1980年代後半の中国。

主人公は地方の大学に通う若い2人の青年という、いかにも文学らしい設定です。

中国全土に広がった学生の民主化運動に巻き込まれていく2人の青年が何を思い、そしてどのような半生を辿ったかを淡々と綴っている作品です。

主人公たちは、当時の運動に参加した多くの学生たちが同じだったように、中国全土に広がる学生運動の中に進んで身を投じたというよりも、時代の大きな流れに巻き込まれることになります。

学生運動前には情熱はあってもごく普通の大学生だった2人からの視点を通してストーリーを進行してゆくことで、当時の時代風景が見えてきそうなリアル感があります。

結果として「文化大革命」は1989年6月4日の「天安門事件」で実質的な終止符となるわけですが、当時学生運動に参加していた学生たちが、その後どのようなトラウマを持ち、そして今の中国をどのように見ているかの描写は、中国出身の作者の手によるものだけに静かな迫力を感じます。


本作品でテレサ・テン尾崎豊の曲が何度も登場しますが、テレサ・テンが甘い青春を象徴するものだとすれば、尾崎豊は学生運動に挫折を味わい、行き場の無い孤独感を象徴したものであり、両者のコントラストが小説の場面に奥行きや臨場感を持たらせてくれます。

作者はあとがきで、この学生運動に関わった一部の指導者を除いた数億という無名の人々が、時代に翻弄され踏みにじられた姿を描きたかったというくだりがありますが、その雰囲気は充分に伝わってくる作品です。